2014年10月 4日 (土)

江ノ島の夏の終わり

ホイップクリームどっさりのハワイ風パンケーキ(バター添え)を食べました。

 

グリルドチキンとかの「タンパク質系」もほかに一品頼みたかったけれど、付け合わせが

 

 「フライドポテト・ライス・バタートースト」

 

  の残念な三択。 「アサド政権と反体制派とイスラム国」から一つ選ぶようなものだと思いサラダだけにしました。

 

   (「温野菜またはカルアキャベッジ」などの選択を与えてほしい)

2014年10月 3日 (金)

猫ピッチャーが読めなくて悲しい。

adachibです。おはようございます。

讀賣新聞の購読をやめました。契約があと3か月残っていたけれど、穏やかに理由を述べたら理解してもらえた。朝日新聞叩きが終息する(=朝日新聞が謝る)、もしくは帝塚山学院大学と北星学園大学への脅迫犯が逮捕されれば(=警察がまともに捜査すれば)また取るつもり。朝日新聞には問題があるけれど、現在のバッシングは行き過ぎ。

脅迫電話で組織の人事が左右できるのであれば、生活を脅かされる恐怖から誰も何も言えない世の中になる。こういうひどい事態を招いたことについては、讀賣にも責任の一端はある。購読料を払い続けることで、この風潮に荷担するのはもうイヤだと思ったから。

たとえば「ルワンダの虐殺に先立って新聞が果たした役割」などを日本のメディアにはもっと真剣に考えてほしい。戦前の日本もそうだったけれど、メディアは戦争を防ぐというより、むしろみんなを煽って開戦に突っ走る方向にこそ絶大な力を発揮する。おがくずで埋まった床にガソリンを撒き続けるような真似はもうやめるべき。

朝日を叩けばスッキリするし部数も伸びるんだろうけど、それと引き換えに失うものは大きい。部数目当てで左翼叩きを続けていれば新聞そのものが信用を失う。朝日だって自虐史観を煽って一時的に左翼をスッキリさせたけれど、そのツケを今払わされているでしょ。

2014年2月23日 (日)

「それは餌を与えず、2頭を飢えさせておくことでした」

「それは餌を与えず、2頭を飢えさせておくことでした」

(映画「ブラックフィッシュ」より)

最初に人を殺したカナダのシーランドでティリクムがどんな目に遭っていたか、についての証言

ティリクムと仕事をするのはほんとうに楽しかった。

ティリクムはとても行儀が良く

気に入られようとしていつも一生懸命でした。

最初にティリクムが来たときは

何もかもがうまくいっていました。

けれどもトレーナーのトップの前任者が

懲罰を含む訓練の技法を使ったのです。

彼はまだ訓練されていないティリクムを

訓練されたシャチと組ませて

2頭に同じことをさせようとしました。

ティリクムが失敗すると

2頭とも罰を受けたのです。

それは餌を与えず、2頭を飢えさせておくことでした。

それが大きい方のシャチ、先輩シャチに

多大なフラストレーションを惹き起こしました。

そして大きなシャチが今度はティリクムに苛立ち、

ティリクムに噛みついたのです。

いくつかのシーズンでは何度か

ティリクムが頭からしっぽの先まで

傷だらけだったこともありました。

Tilikum was the one

we really loved to work with.

He was very well behaved

and he was always eager to please.

When he was first introduced,

everything just went fine and dandy,

but the previous head trainer

used techniques that involved punishment.

He would team a trained orca up

with Tilikum who was untrained.

He would send them both off

to do the same behavior.

If Tilikum didn't do it,

then both animals were punished.

Deprived of food to keep them hungry,

this caused a lot of frustration

with the larger animal,

the established animal,

and would in turn get frustrated with Tilikum

and would rake him with his teeth.

There would be times during certain seasons

that Tilikum would be covered

head to toe with rakes.

http://www.springfieldspringfield.co.uk/movie_script.php?movie=blackfish

2014年1月30日 (木)

「価値観を押し付けられた」という猟師の方へのコメント

コメント先

http://chiharuh.jp/?p=3154#comment-13080

>****様

>しかしながら、普段「狩猟」だの「猟師」のブログを嫌悪して寄り付きもしない人たちが、その死体写真を見たいがため(確認したいがため)に、死体写真があるだろうこと分かっていながらやってきて、これ見よがしに彼女を批判しているのは、気持ちが悪いです。(引用終了)

動物愛護の人たちが(あなたが勝手に想像されるがごとく)「死体写真を見たい」がためにここに来ているのではなく、ただもう心が怒りと悲しみで一杯になって、そのやり場のない気持ちから書き込まずにはいられない、という可能性については想像できませんか?

その感情は、あなたが猟をしている、というだけで不当に非難されたと感じる時の怒りと悲しみと同じものです。ご自分「だけ」が「被害者」だと思うのなら、それは間違っています。

>「あたしイルカ食べないから。」「賢いイルカを殺すなんて」って、
>じゃあ毎日殺される牛や豚や鶏は、アホですか?

>自分の物差しにあわないと排除ですか?
>価値観押し付けますか?(引用終了)

誰もあなたに価値観「押し付けて」いないです。

狩猟を非難されたらやめますか?

やめないでしょう? 

狩猟を誰かに妨害されてるわけでもないですよね?

それに、そもそもイルカを殺さないで、と訴えている人たちが「どこから」あなたを「排除」できると言うのでしょう?

狩猟を続ける自由も、ここで発言する自由も、あなたには保証されています。 

あなたは「獲物を手にするまでの知恵比べ、体力比べも楽しいから」「肉が食べたいから」狩猟をされているんでしょう?

楽しくて、法にも触れず、また害獣の駆除は(悲しいことではありますが)農業のためには必要でもありますから、淡々と続けられれば良いと思います。

それだけでは不満で、考え方の全く違う人たちからの「承認」まで得ようとするから、「価値観を押し付けられた」と感じてしまうのではないでしょうか。

私から見ればあなたも

「狩猟への批判があるだろうこと分かっていながらやってきて、これ見よがしに『価値観を押し付けられた』『排除された』と主張」

しているようにしか見えません。

まあ、ここに書き込めば、「命をいただく」教の信者さんたちからの承認は得られるので、ストレスの解消にはなると思いますが。

2014年1月16日 (木)

動物実験に反対する人たちを「ドMの馬鹿」と表現された医療系大学生氏への返信

おっしゃるように「新薬開発は無くならない」でしょう。

製薬会社が「病気に苦しむ人を救う」ために新薬を開発している、なーんて綺麗事をイマドキ信じてる人がいたらおめでたいですね。

バイアグラのようなブロックバスターをふたたび市場に出して株価をつり上げ、利潤を上げること「だけ」……とまでは言いませんが、それこそが製薬会社の最大の目的です。

何度も挫折しては保険なしで禁煙治療しようとする人、腹囲の測定でメタボに分類されて服薬する人、血圧130以上は病気と言われて素直に信じる人……全員製薬会社の「いいカモ」です。

「近年最大のカモ」は、「娘を子宮頸ガンにしないため」のワクチン接種に同意した親御さんたちでしょう。副作用で全身の痛みが取れなくなったり、簡単な計算すらできなくなったりしている女の子がいます。同じ人類、しかも未成年の、何も悪いことをしていない子どもたちさえ株価のためには犠牲にしようというんですから、そんな製薬会社がましてや「人ですらない」動物の痛みになんて配慮するわけありませんよね☆ 

しかも政府与党にしっかり食い込んでたし(笑)

(検索すればすぐわかるので党名・議員名・企業名は出さないけど)

ということで「新薬の需要及び医療職への需要がある限り動物実験は無くならない
無駄な努力おつかれさん」と勝ち誇ってる医療系大学生さんの言うとおりだと思います。

こんな「上から目線」が医療を志すっておかしくね?などとヌルいことを言う人もいるかもしれませんが、実はこういうドライな人こそ市場化されつつある現在の医療に最適化された人材です。なので医療系大学生さんの未来は明るいです。社会人となられたのちも、製薬会社の収益と株価をつり上げ、火の無いところにも煙を立てて国民健康保険制度に負担をかけるべく頑張ってもらいたいものです。

個人的に医療の現場でこういう「人材」に患者として遭遇してしまった場合は……前世の行いが悪かったとあきらめるしかない……かもね(泣

コメント先 http://chiharuh.jp/?p=3154

2013年12月30日 (月)

「じゃあ牛は豚は鶏は植物は?」なヒトを私が嫌いなワケ

コメント先は相変わらず

http://chiharuh.jp/?p=3154#comment-11187

です。

------

「ベジタリアンが勝ち」っていうのは正しいけど「それを言っちゃあオシマイよ(動物を守る活動の上では)」という気持ちもありまして。

ベジタリアンの人は少なくとも「行動を変えて」ます。

一方、動物愛護というと必ず湧いて出てくる

 「ウサギがかわいそう?だったら牛は豚は鶏は?」

 「植物はかわいそうじゃないの?」

な方々は

 「屁理屈こねてるだけの中二病」

としか私には思えないんです。

「牛は豚は鶏は植物は?」な人たちって、結局自分では何ひとつ行動を変えずに、口先ひとつで世の中どうにかなると思ってる、そのナメた態度が(個人的には)非常にムカつくわけです。

大学の授業にたとえれば、「一度も欠席せずいつも真面目にノートを取る」のがベジタリアン、「そのノートを試験前に奪い取ってコピーする」のが「牛は豚は鶏は植物は?」なヒトって位置づけです、私的には。

私はベジタリアンじゃありませんが、ノートはいつも奪われる側wだったので、そういう人たちに腹が立ってるんでしょうね、きっと。

2013年12月20日 (金)

「深み」のある人間になんかならなくていいし(引き続きコメント)

>変わったことと言えば知っている。ということだけです。

「知る=体験する」ということにそこまでの価値を置く生き方は危険だと思います。

それは多くの人が「知らなければいけない=体験しなければいけない」ことでしょうか?

我が手で命を奪ってみないと、命や食べ物の大切さがわからない、っておかしくないですか?

普通の人間なら幼いころアリを踏み殺していてもある時点で気がつきます。このアリさんにだって家族がいるかもしれないよね、かわいそうだ、などと思って、そういうことはしなくなります。また日本のまともな家庭でまともな親に育てられていれば、食べ物を粗末にしてはいけない、という最低限の躾は受けてるはずです。

>命を食らうという点で深みがあるのはどちらだろうか。

失礼ながら「深み」のある人間になるために、死ななくてもよかったかもしれない生き物の命を奪うくらいなら、私は一生浅薄な人間で結構です、とすら思います。

なんだかこの手の発言を読むたびに「生き物の命を自らの手で奪うことによって、自分はある種の高みに達した、ワンランク上の人間になった」という自己陶酔が感じられて、結構な恐怖を感じます。職業としてこのようなお仕事をされている方は、おそらくこういう傲慢な気持ちは持っておられないでしょう。

スティーヴン・キングの『ファイア・スターター』という小説に登場するある人物は、人を殺す時に、殺される相手の瞳の中を覗き込むんです。その断末魔の瞳の中に、いつか必ず「真理」が見えるかもしれないと期待して。

人類は「真理の追究」の果てに原発なんていうものも作っちゃったわけですけどね。

ファウスト伝説の意味するところなども一考していただけると幸いです。

植物よりも、魚類よりも、はるかに人間に近い鳥類や哺乳類の命を奪う、という行為は感情的にハードルの高いものですから、それはやりとげれば達成感があるのは当たり前です。

その達成感を、あたかも自分がレベルアップしたかのように錯覚するのは、繰り返し申し上げますが危険なことだと思います。

「殺しているのに変わりはない」という方へのコメント

うさぎを今でも一羽二羽と数えることがあるのは、あれは鳥なんだ、耳が羽みたいに見えるし、二本足で立つから……つまり哺乳類ではないと思いたかったから、という説もあります。徳川の時代の人たちだって、(かわいいから、ではなく仏教のタブーに抵触するから、という理由からですが)うさぎを殺すことに後ろめたさを感じてはいたわけです。

それに「文化」によってうさぎ食を正当化するのはどんなものでしょう?

現代日本に支配的な文化では、うさぎは愛玩動物と見なされているのでは?

うさぎを愛玩動物と見なす「文化」を、食肉とみなす「文化」より下位に置く理由を説明していただけたら、と思います。

うさぎ食べるな、とは言いませんが、できれば愛玩動物と見なしている人たちの気持ちも尊重していただいて、こんな「動物愛護派に対する釣りブログ」と見なされかねない写真の羅列や文章表現には配慮してほしかったな、と今でも思っています。

クジラの人道的捕殺に関しては、

「調査捕鯨を続けるために被災者のお財布にまで手を突っ込んで復興予算23億円をパクった」

鯨研の出してきた資料なんか誰が信じるかよ!とも思いますが、まあ鯨研のデータであれば、反反捕鯨派の皆様も文句ないでしょうから百歩譲って「致死時間104秒」を認めることにします。

でも、でもですよ? 同じデータで「半分以上はすぐに致死にいたって」いるんですよね? だったら「最長」の致死時間はどうなりますか?

サンプル数を仮に鯨10頭として、致死時間の合計が1040秒、「半数」が瞬殺なら5頭で1040秒、すると一頭あたりの平均は208秒、つまり三分ちょっとです。これは十分長いですよ。三分かけてじわじわ殺されたいって、あなた自身なら思いますか? 私はイヤです。

それと「苦しむ時間が短ければ食べても良くて、長ければダメっていうのは、妥当な考え方には見えません」とのことですが、このような考え方は「動物福祉」として先進国では採用され、実践されているものですので、あなたにはバカな考え方に思えるかもしれませんが、これも先進国に暮らしてその便利さ快適さを享受する代償だと思っていただかないと困ります。

さらに、「殺しているのには変わりないのに」? これもまあそんなことにならなければいいと願ってはいますが、仮にあなたがガンか何かで余命半年を宣告されたとして、医者が、

「緩和ケアを受けたい? 冗談じゃない、あんたどうせ死ぬのに『変わりはない』んだから、新しい強力な抗ガン剤の治験を受けて医学の進歩に貢献しろ!」

って医者に言われたらどんな気がしますか?

人間だって動物だっていずれ死ぬことに「変わりはない」んだから、世の中から少しでも苦痛の総量を減らしたい、私はそう思っています。

ちはるの森にコメントした自称ベジタリアンの方への返信

ホントにベジタリアンなんですか?

でしたら、もう少し「攻撃的ではない」発言スタイルを試してみられてはいかがでしょう?

ここに書き込んでいる、

動物殺して肉食って何が悪い?「命をいただいてる」アテクシ凄い!俺様カッケー!!

であるところの「本質自己陶酔」wな方々が、一様にていねいな言葉使いをされているのを見ていて私は気持ち悪くて仕方がないんですが、あなたの「無駄に攻撃的」な言葉づかいも殺される動物たちのためにはなっていないと思うので残念です。

2013年11月29日 (金)

「感情」をバカにする方にかぎって理性的ではない件。

コメント先は「ちはるの森」です。

------

「理性ある人間」を自認されるあなたのご発言のところどころに

 「動物愛 誤 の人」

 「ダブスタな感情論だけで 喚い ても」

 「ヒ ス テ リー的な感情論」

 

など特定の誰かを貶める表現がバランスよく配置されているのを拝見して、あなたのなかふつふつとたぎる「感情」をこちらも感知いたしました。

お気の毒に、過去、動物愛護の人たちによっぽどひどいことを言われたのでしょうか?

だったら、その時にきちんと言い返せばよかったのに。

いつまでもいつまでも根に持って、関係ないところでこうして恨み節なんて、私にはとてもできません。みっともないもの。

感情をバカにする人にかぎって感情との付き合い方がヘタだって言いますけど、かなり無理してません?

温かいお風呂に浸かったり、美味しいもの召し上がったりすると良いですよ。

«動物を愛する人が人間を嫌いになるのはこんな時?